(安倍)
これまでは前座でございます。これから本編の方に入りたいと思います。先程申し上げましたように、スターを作った人、そしてその作った人によってスターになったその人間関係。この人間模様を今日この3人で語っていきたいなと思っております。まずは白井さんからお願いしましょうか?白井さんは育てた方はどなたをお選びになる?

(白井)
そうですね、黒澤明監督なんて最大なものでしょう。三船敏郎さんをあれだけにした人ですから。そのほか、溝口健二監督、これも凄かったですね。若尾文子って人ですね、「ちゃんとした女優さんになれたのは、溝口さんに鍛えられたからだ」と言っていましたね。その他、小津安二郎監督って人もそうですし。厳しい人に育てられたということが、それぞれの俳優さんにとって凄く大きかったんだろうと思う。
実はたまたま私は、今見本が出て、これが始まる30分前に見たんですけれども。今月の下旬に「銀幕の大スタアたちの微笑」(日之出出版)という8人のスターとの対談集の本を出したんですね。これに誰が出てますかというと、岸恵子・池部良・若尾文子・香川京子・八千草薫・高倉健・吉永小百合・勝新太郎というメンバーです。
というのをやっています。ですから、今日のスターとそれを育てた人って話はこの中からいくつかのエピソードを使えばいいという。

(安倍)
ぴったりですね!

(白井)
大変有利な立場になっていると。

(安倍)
どうぞ続けてください。

(白井)
一番最初の対談相手というのは、岸恵子さんなんですよ。なんで岸恵子さんが最初からかというと、日本に現存する映画会社で一番古いのが、松竹っていうところなんですね。そこから出てきたのが岸恵子さんです。岸さんと私は同じ年です。私はこの4月29日 天皇誕生日に78歳になりますけれども、彼女も同じ年ですね、ですから敗戦のときは、13歳くらいですよね。岸さんは、敗戦になってしばらくして映画館で、「美女と野獣」という映画を見たんだそうです。彼女が10代の頃にですね。野獣と共演する美女が映画の中で不思議な美しい歩き方をするのは、あれはなんだろうって思ったという。映画ってなんて素晴らしいものなんだ、あんなことが出来るのか?それが映画への関心を持った最初で。たまたま知人が居たものですから松竹・大船撮影所に見学に行ったっていうんですね。そうしたら、監督さんらしい人から「お嬢ちゃん、映画に興味ありますか?一緒に食堂でお菓子でも食べません?」と言われた。それが吉村公三郎という新人を育てるのに優れた松竹・大船の監督だったんです。そして話を聞かれて「僕が撮っている映画にちょっと出てみない?」って言われるんです。で、女学生の役で後姿で友達と2人で歩いているところを撮られたって言うんですよ。これが「安城家の舞踏会」って言う映画なんです。それからしばらくすると黒澤明って監督がちょうど松竹・大船撮影所に来て「白痴」って映画を撮っていたんですよ。「お嬢ちゃん、ちょっとパーティーシーンに出ない?」と言われて出ているんです。よく見てください、今度「白痴」を見る時は。「安城家の舞踏会」は後姿だけど「白痴」はちゃんと前を向いて出ていますから。というふうに段々、松竹映画に出るようになっていくんですね。吉村公三郎という監督は、新人を育てるベテランなんですよ。津島恵子という大女優さんがいましたね。あの人は松竹・大船撮影所にモダンダンスを教えに来ていたダンスの教師だったんです。それを吉村公三郎監督が「あんた綺麗だし、映画向きだから、ちょっと映画に出てみない?」「とんでもない、俳優の仕事なんてした事がない。とてもダメです」「大丈夫だから、僕が全部演出してあげるから」って出すわけです。それで「いいね、いいね。もうちょっと左上見てみようか?目線2センチ下かな。いいよ、いいよ、いいよ」というふうに、手取り足取りワンショット、ワンショットその人の魅力が生かせるように作ってあげるんです。そうやってスターっていうのは育っていくわけです。ですから、岸恵子さんって人は10代の頃から時代劇もやれば現代劇も、たくさんの映画に次々と出て、『君の名は』って映画で日本に並ぶものがない大メロドラマ女優になっていくわけですよ。もう東京の町を1人で歩けないっていう大スターになっていくんですね。そういう風にして演技教習所なんて出ていない、魅力のある少女が、プロの映画人に見つけられて、撮影所って所に入って撮影所の量産体制の中で次々とメロドラマとか、母もの映画だとか、アクション映画だとかいろんなものに出ていく。そのうち段々当人も度胸がすわってくるし。映画の中でどのようにすれば自然で魅力的なのかどうか分かってくる。さっき植田さんもおっしゃいましたね。「有馬稲子って言うのはスッピンで素晴らしく見られた。そういうものなんですよ。これを初期のフランス映画の評論家が「フォトジェニー」っていう特別の能力だと言ったんです。いいスターというのは「フォトジェニー」というものを持っている。どういうことかというと俗に言ってしまえば、カメラ映りがいいということですね。ある日本の映画評論家が、フォトジェニーという言葉を「映画能」と訳しているんです。能力の能ですね。ようするに放射能みたいな魅力が、彼女がスクリーンの中に出てくると客席に放射されて客席に居る人たちがみんな幸せに、エクスタシーになっちゃうという。これが大スターだといっているんです。ね。岸恵子さんっていうのは、そうやって松竹の大スターになるんですね。そしてある時小津安二郎という松竹の並ぶもののない名監督の「早春」という映画に出るんですが、それで徹底的にやられるんですね。何十回テストをやってもOKがでない。岸恵子さんもナイーブな人で、「小津先生、私のどこがわるいんですか?」「恵子ちゃん、あなたがヘタクソだからだよ」と言われたんですって。「あら?どこがヘタクソ?」「あなたはね、最初お茶飲んでからセリフを言ったでしょ?、二番目にやったときはお茶を飲みかけたまま言ったでしょ?三番目はお茶を飲む前に言っちゃったじゃないですか。四番目はお茶を飲むのも忘れちゃってた。それはヘタクソなんだよ。私が言ったとおりにやってくれないと」というふうにして、絞られていくわけなんです。小津さんが松竹撮影所の中庭でこう言ったというんです。「おい、うちの大船撮影所はいつからヤッチャ場になったんだ?」って。ヤッチャ場というのは、青物市場のことですね。助監督が、「小津さん、なんですか、それ?」って言うと「だって大根が車に乗ってきているじゃないか」と答えた。このときに真っ赤なスポーツカーを停めていたのが岸恵子さんなんですね。ただし、岸さんはなかなかの人でね。「こういう伝説が松竹・大船撮影所にありますね、岸さん」と言ったら、「そうですよ、それは私のこと。小津さんは私を愛してくださってて、ああいう形で演技するっていうのはどういうことかっていうのを、私に教えてくださったのよ。」と言いました。こういう天真爛漫さもまた、スタ-の条件なのかなって気がしますね。まあ、これをやっていくとキリが無くなっちゃうんで、これくらいにしておきますね。

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