一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム
渡辺晋賞 第20回 記念企画
これから日本のエンターテインメントを担う
若きプロデューサーたちへ
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム
渡辺晋賞 第20回 記念企画
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
2026.2.12
——キャリアの中でライフワークとして取り組まれたオペラ創作について80歳までにオペラを10本作るという目標を達成されましたが、今後はどうお考えですか?
三枝 11本目はもう作る気ないですよ(笑)。なぜかというと、金はかかるわ、誰も喜んでないわで…(笑)。
——決してそんなことはないと思いますが、非常にエネルギーが必要な作業だと思います。
三枝 それはそうなんですが、とにかくお金がかかる(笑)。これまでおよそ30年で、僕はオペラに65億円かけました。「ガンダム」の印税も全部そこに注ぎ込んで。でも僕がなぜオペラを作ることができたかというと、それだけ多くの人たちがサポートしてくれたからです。最初にも言いましたが、作曲家でありながらプロデューサーとして企業や団体に協力をお願いする役割を担ってきました。欧米では商業的なものに手を出す者には芸術音楽を書く資格がないとされています。でも日本は貧しかったから、黛敏郎さんや團伊玖磨さんもみんなそういう動きをしていました。純粋な意味での専門音楽家、作曲家がいなかったんです。今はそこが完璧に分かれていますが、その両方を担えるのは私の世代が最後だと思います。
——『忠臣蔵』や『ヤマトタケル』、『KAMIKAZE-神風』『Jr.バタフライ』など数々の素晴らしいオペラを発表してきましたが、オペラの作曲家、台本作家として大切にしてきたことを教えてください。
三枝 劇作の現場と作曲家の役割を明確に分けて臨んできました。オペラの台本は決して複雑にしてはいけないということです。劇音楽として、構造だけが複雑になったら聴衆は離れます。ストーリーと音楽が一体になって初めて物語が動くと信じています。そして奇をてらうよりも「ドラマ性」を大切にする。私のオペラには“泣き笑いできる素直な感情”と“美しいアリア”、“調性的な旋律”が必要だと考えてきました。社会や現実の「苦しみ、悲しみ」を芸術として昇華させること――それが作曲家の役割だと思っています。『Jr.バタフライ』のイタリア語版に挑戦し、世界上演した時には言葉の壁を痛感し、国際基準の作品の創作へ向けて、探究しました。海外の作曲家、演奏家たちと意見交換することで作品が磨かれた経験は大きかったです。
——これからやりたいこと、挑戦したい領域は?
三枝 やはり「今」を表現し続けたい。音楽は時代を映す鏡だと考えています。社会問題や戦争、命や愛といったテーマは普遍でありながら、現代の空気感、若い世代の息吹を反映させた作品を追求したいです。今、世界的ヴァイオリニストの服部百音さんのためのヴァイオリン協奏曲を書いています。これが私の最後の作品になるかもしれません。百音さんは彼女が中学生の頃から高く評価していて、百音さんのような天賦の才を持つ演奏家が、自分の音楽に命を吹き込んでくれる奇跡に感謝しています。でも、これまで聴いたことのないようなヴァイオリン協奏曲を書こうとすると、なかなか書けないんですよ。ずっと悩んでいます。でも自分の作曲家人生の集大成、魂を込めた一作にしたいと思っています。若くしてまっすぐな音楽への姿勢を持つ百音さんのために、「音楽が人に何を与えるのか」という根本を見つめ直しながら書いています。彼女の唯一無二の表現力と、次世代への希望を重ねています。
——現在の音楽シーンをどう見ていますか?
三枝 SNSや配信で世界中どこでも音楽が聴ける時代になったのは素晴らしい。でも「瞬間的な流行」ばかりが重視され、“本物”や“職人芸”が埋もれる危機感もあります。最近のクラシック界でもキャッチーさや派手さが先行しがちですが、本来はもっと深みや物語性を追求しなければいけない。例えばJ-POPでもアニメソングでも、社会や歴史との接点を意識することで音楽に重みが生まれる。大衆性だけでない“創作の信念”を、若い世代にも期待したい。
——三枝さんは東日本大震災で親を失った子供達への支援活動として「全音楽界による音楽会」を長年続けてきて今年も3月11日に開催することが発表されました。
三枝 2011年3月の東日本大震災直後の4月20日に、チャリティコンサートを行ったのが始まりでした。ジャンルの枠を超えたアーティスト、歌手、演奏家たちが出演して、クラシックとポップスが響き合うコンサートで、全出演者が無償で出演して、会場もサントリーホールのご厚意で貸していただいています。役員は地方に行くときも、自分で交通費を出すという約束で活動しています。1万円以上の寄付をいただいた方のみ入場できて、毎年2000~3000万円集まり、掛かった費用以外の寄付金の全てが、東日本大震災で被災した子供たちを支援するための資金に充てられています。遺児・孤児の子どもたちが20歳を迎えるその日まで支援を続けていきます。
——若いクリエイターやこれから音楽家を目指す人へのアドバイスをお願いします。
三枝 「とにかく努力せよ」「自分だけの個性を掘り下げよ」「流行に流されず、大切なものとは何かを問い続けよ」、この三つはいつも何かの授賞式や講演のたびに話していることです。まず音楽家。音楽家を目指している人には何も考えないで、自分がいいと思うものを書くのが一番いいと思う。色々なものに影響されることのないように。人から影響を受けるような人間では、何をやっても駄目だと思う。穴の掘り方は誰も教えてくれなくていいんです。器用な人は大成するかもしれないけれど、一流にはならない可能性も持っている。ベートーヴェンは不器用でした。モーツァルトは器用だった。人間には不器用さも必要なんです。どんな掘り方でもいいから、とにかく自分の音楽を深く掘り下げることと、自分自身を疑うことを恐れないでください。クリエイターも音楽家も他人の評価に流されず、自分の心の声に寄り添うことが大事です。そして小さな成功で満足しないで、それを“自分自身のエネルギー”に転化し、次に繋げていくこと。また、世の中の様々な価値観を認め合い、違いを恐れず、表現に活かしてほしい。「違っていい」という前向きなマインドこそ、音楽家にもクリエイターにも最も必要な資質です。音楽を作ることは孤独な作業です。だからこそ人との対話も大事。現場での“協働”“多様性”も身につけてほしい。困難も多い仕事ですが、「好き」から始まった情熱を絶やさずに進んでほしい。そして日本にとどまらずグローバルな視点で、才能や作品を社会に“メッセージ”としてしっかり提示してほしいと願っています。
1942年生まれ。作曲家。東京音楽大学名誉教授。
2007年、紫綬褒章受章。2017年、旭日小綬章受章。2020年、文化功労者の顕彰を受けた。2008年、日本人初となるプッチーニ国際賞を受賞。2011年、渡辺晋賞を受賞。東京藝術大学卒業、同大学院修了。
代表作にオペラ「忠臣蔵」、オペラ「Jr.バタフライ」初演版、オペラ「KAMIKAZE ―神風―」、オペラ「Jr.バタフライ」イタリア語版、オペラブッファ「狂おしき真夏の一日」、モノオペラ「悲嘆」。他にNHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」、映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」など。
2010年、男声合唱と管弦楽のための「最後の手紙 -The Last Message」を初演。この作品は2011年ジュネーヴ、2013年ヴォルゴグラード、2015年サンクト・ペテルブルグ、2017年ローマ、2018年カーネギー・ホール、2025年バルセロナで演奏された。
2022年「ピアノ協奏曲~辻井伸行委嘱作品」と「最後の手紙」の混声合唱版を世界初演。2023年、男声合唱と管弦楽のための「愛の手紙~恋文」を世界初演した。