一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム
渡辺晋賞 第20回 記念企画
これから日本のエンターテインメントを担う
若きプロデューサーたちへ
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム
渡辺晋賞 第20回 記念企画
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
2026.2.12
——現在のクラシック音楽界をどのようにご覧になっていますか?
三枝 残念ながらこれからの10年、クラシック業界の主流は完全に中国になると思います。理由は明快で、圧倒的な人口と経済力です。かつて小澤征爾さんが世界的な地位を築けたのは、日本経済が急成長し、財界がバックアップしたことが大きい。今それができているのが中国です。指揮者の能力には「オーケストラを率いる力」「大衆を喜ばせる力」、そして「資金を集められる経済力」の三つが必要です。現在、様々な世界的コンクールでは1位が中国人、2位が日本人というケースが非常に多い。でもこれは実力だけの問題ではなく「売れるかどうか」という要素も大きい。それはオーケストラも同じで、技術的には日本のオーケストラは世界で5本の指に入るレベルですが、売れるかどうかという点では、巨大な市場背景を持つ中国に及びません。音楽の世界も経済原理の中で動いているのが現実です。
——日本と欧米の音楽文化の違いについてどのようにお考えですか?
三枝 根本的な違いは、西洋音楽には「メッセージ性」が不可欠だということだと思います。ベートーヴェンもビートルズも、メッセージのない音楽には意味がないと考えていた。例えばジョン・レノンの「イマジン」は、国境もいらないというメッセージソングです。ベートーヴェンの第九も、本来は「全人類は平等である」というメッセージを込めた作品です。でも日本人はその意味を理解せずに、年末の風物詩としてただ演奏している。西洋音楽ではメッセージ性が重要視される一方、日本では音楽は主に娯楽として捉えられている。メッセージを排し、心地よさや楽しさを求める。それは文化としての豊かさかもしれませんが、西洋音楽の文脈で“一流”を目指すなら、他人が見たこともない、聴いたことがないものを提示し、突拍子もないものを作る勇気が必要です 。私自身も、美しい音楽を書きたいという欲求と、「美しい音楽は堕落である」という芸術家としてのプライドの間で、常に激しく葛藤しています。
——三枝さんは今お話に出た大晦日恒例のクラシックコンサート「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会」を東京文化会館で23年も続けています。
三枝 ベートーヴェンの第1番から第9番まですべての交響曲を一日で、一人の指揮者で、一つの交響楽団で演奏するコンサートです。2003年にスタートさせて、大晦日の一大イベントとしてしっかり定着したと思います。ベートーヴェンは特異な作曲家で、生涯でわずか9つの交響曲しか書いていない。ハイドンは100曲以上、モーツァルトでさえ40曲以上ある。モーツァルトとベートーヴェンは14歳しか違わないのに、モーツァルトは職業作家の側面が強くあったのに対し、ベートーヴェンは純粋な芸術家。好きなことをやって、誰もやってなかった音楽を作ることに意味があると考えていました。だから彼の作品は一曲一曲で違う試みをしていて、驚きを与えてくれます。商品ではなく作品として音楽を捉えて、後の音楽家にも多大な影響を与えました。そんなベートーヴェンの精神性とメッセージを伝えたくて、あのコンサートは続けています。
——三枝さんは東京藝術大学在学中からその作品が高く評価され、モ-ツァルトの未完曲「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲イ長調」を、オーストリアの国際財団モ-ツァルテウムからの依頼で補筆・完成(1991年)させるなど、クラシックの分野において、世界的な名声を手にする一方で、国内では映画やドラマ、アニメなど多岐に渡るジャンルの音楽を手掛けてきました。改めてその創作活動を振り返って今どんなことが浮かんできますか?
三枝 戦後から高度成長期、移り変わる社会の中で自分の音楽人生は常に「挑戦と転機」の連続でした。実は最初から「誰かのために」書くというより、自分自身の心と対話することに重きを置いてきました。しかし人生の折々で出逢った人、歴史、社会の出来事が自身の音楽観を深めてくれました。現代音楽の理論や様式に没頭して、「新しいこと」「難解なこと」こそが価値だと信じた時期もありました。でもある時、アートディレクターの石岡瑛子さんに「あなたの音楽で誰が幸せになってるの?」と指摘されて、根っこから価値観が揺さぶられました。“自分のため”だけでなく“聴く人のため”に音楽を作る意義に気づかされました。そこで始まったのがオペラの作曲です。さらに、映画・テレビなどの劇伴まで、可能な限り幅広いジャンルに挑戦してきたのは、音楽を通して社会と繋がりたい、社会にメッセージを投げる創作が重要だと考えてきたからです。でも、次から次へと書くだけ、量産していくことへの虚しさに気づき、ある時から“魂をこめて創る”ことにこだわるようになりました。これまで手がけたオペラやオラトリオ、劇伴、それぞれに自分なりの挑戦、失敗と学びがある。それが今の自分の糧になっていると思います。
——「機動戦士Ζガンダム」「機動戦士ガンダムΖΖ」、そして「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の音楽は、アニメ音楽に芸術性という付加価値を与え、ファンから時代を越えて今も高い評価を得ています。
三枝 当時はアニメーションの音楽について右も左もわからないまま、ただいい音楽を書こうと必死に向き合っていたと思います。当時のアニメ音楽の世界では、ああいうクラシックの要素をたくさん取り入れた音楽を聴いたことがない人が多かったのではないでしょうか。そういう意味でアニメ音楽シーンでは画期的な音楽だったのかもしれません。でもそれは自分でそう思って書いたわけではなく、「ガンダム」はアニメーションという表現方法で“戦争と平和”を、そして“人間”を描いた先駆的作品だったので、その作品性に刺激を受けた結果、ああいう音楽が生まれたのだと思います。もし今書けって言われたら、やっぱりそれまでなかったようなものを書くと思うし、きっと誰にも喜ばれないものになると思います(笑)。それは自分自身が、万人受けよりも「本質への探求」「時代や人間の根源性」を大切にしてきたからです。