一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム
渡辺晋賞 第20回 記念企画
これから日本のエンターテインメントを担う
若きプロデューサーたちへ
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
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渡辺晋賞 第20回 記念企画
~渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス~
2025.8.14
――鈴木さんのプロデューサーとしての仕掛けに驚かされましたが、元々の出発点は編集者だったそうですね。
鈴木 もともと徳間書店で週刊誌「アサヒ芸能」の記者、編集者をやっていて。その後、月刊アニメ雑誌「アニメージュ」の編集長になって、そこで様々な実験的な試みを行う中で、高畑勲、宮﨑駿の二人と出会いました。ジブリを設立して(1985年)映画を作ることになった時、宮﨑がこう言い出したんですよ。「ぱく(高畑)さんと僕は映画監督で、普通映画ってプロデューサーが必要だけど、そうなると鈴木さんがプロデューサーだよね」って。最初はどうしたもんかと思いましたが、でもやらざるを得ないじゃないですか。これが僕がプロデューサーになったきっかけです(笑)。そのときに思ったのは、やっぱり作家の傍にいて作品を作るということは、雑誌の編集者時代にやっていたので、その経験を生かして編集者型プロデューサーというのもありだなと思ったのは確かです。
――高畑さんと宮﨑さんという稀代の映画製作者と共に作品を作ってきたわけですが、天才二人との付き合い方、非常に興味があります。
鈴木 宮﨑も高畑も、普通じゃない人たちで(笑)、編集者時代から作家がまともな人だと逆に心配になるんですよね。安藤昇さん(元ヤクザ・小説家・俳優)の小説を担当していたときには、その文章の素晴らしさに驚かされたり、作家の個性に触れる楽しさがありました。ものを作る人ってどこか普通じゃなくて、人を不安に引きずり込む力がある。宮﨑も高畑もそういう二人だったから、最初から面白いものが生まれるだろうと思いました。二人の話を聞き、理解するだけでなく、同じ教養を持つことが大事でした。だから二人が話題にする本は全部読んで、彼らの思考を理解しようと努めました。高畑は難しい本ばかり読んでるし、その影響で文化人類学や社会学の本も読むようになりました。宮﨑は「あなた無知ですね」とストレートに言ってくるので、負けじと彼らが挙げた本は全て読破しました。年上の二人から多くのことを教わり、共通の基盤を作ることができたのは大きかったです。
――絶妙なトライアングルというか、それが熱量が高いものを生み出す根源になっていたと思います。
鈴木 例えば、宮﨑は映画を観ない人、高畑はやってはいけないことをやる人、普通じゃないからこそ面白いものが生まれる。僕もそういう人たちと一緒に仕事をするほうが安心できるんです。何かうまい具合に磁石が三つ出てきて、それがくっついたんですね、多分。そうすると何か大きな力になるじゃないですか。僕は運がよかったと思っています。
――新しい映画を作る時のテーマはどうやって考えていたのでしょうか。
鈴木 映画を作る時、マーケティングやテーマを最初に考えることはありません。やっているうちにテーマが見えてくる。テーマ先行で作品を作るのは楽だけど、僕らはそうじゃない。 『紅の豚』を作った後、宮﨑が「俺が豚を作ったんだから、ぱく(高畑)さんは狸を主人公にしたものをやらせようよ。鈴木さん言ってきてよ」って。むちゃくちゃでしょ?(笑)。でも僕は高畑にちゃんと伝えましたが、当然烈火のごとく怒られました(笑)。だけど結果として『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)を作るんですよね。
――いつの頃からか、どう生きるか、哲学をテーマにした映画が国内外で増えてきたと感じています。
鈴木 あるとき映画『スター・ウォーズ』の初代プロデューサー、ゲイリー・カーツさんから面白いことを教わって。これまでのハリウッド映画は、ラブストーリーや西部劇、ギャング映画といったジャンルにかかわらず、テーマはすべて「LOVE(愛)」だったと。その頃ハリウッド映画が落ち目だったこともあって、その時『スター・ウォーズ』はテーマを「哲学」、つまり「人間の生き方」にシフトさせたそうです。それを聞いてなるほどと思い,その後僕は『もののけ姫』のキャッチコピーは「生きろ。」、『千と千尋の神隠し』は「生きる力を呼び醒ませ」にしました。
――今ユーザーが何を求めているのか、ということは考えるのでしょうか。
鈴木 作っている時には考えます。例えば黒澤明監督の作品のテーマは、今だからわかるのですが、当時の日本はとても貧乏だったので「貧困の克服」でした。ところがその後高度経済成長の波に乗り豊かになって、テーマが「心の問題」へとシフトしていきました。そうやって時代が変遷していく中で現在、現代のテーマを的確に捉えたのが宮﨑でした。『ナウシカ』や『トトロ』『風立ちぬ』を始め、すべて「心の問題」がテーマです。これは人がどうやって生きていくかということにもつながります。だから僕はゲイリー・カーツさんにはいまだに感謝しています。彼のひと言が、ジブリの大きな方向性を作ったといっても過言ではありません。