一般財団法人 渡辺音楽文化フォーラム

渡辺晋賞 第20回 記念企画

これから日本エンターテインメント担う
若きプロデューサーたちへ

渡辺晋賞受賞プロデューサーからのアドバイス


第0回 渡辺ミキ

2025.6.12

「変革の時代」に改めて求められるプロデューサーの仕事

——今回、歴代受賞者の方々に、これからのエンタメシーンを支えるプロデューサー、若いイノベーターにメッセージをいただくという企画がスタートします。

渡辺 渡辺音楽文化フォーラムは、「渡辺晋賞」を通じて日本のエンターテインメント業界がより発展するために寄与することが大きな目的です。渡辺晋が主役ではなく毎年の受賞者の方が主役なんです。そんな受賞者の皆さんに「渡辺晋賞」以後のお話と、お仕事を通してエンターテインメントプロデューサーとは何か、目指される方の数だけ、成功するプロデューサーのタイプと数があるということを、今回の企画を通じて、若い方たちに受け取ってもらえたら嬉しいなと思いました。

——冒頭のミキさんの言葉にあるように、大きな変革が起こっている時には、“温故知新”というように現在地から一度原点、過去を振り返り、そして未来に進んでいくと見えてくるものがある、と。

渡辺 渡辺晋も渡辺音楽文化フォーラム理事長の渡辺美佐も、物事、特にクリエイティブや人間に対して一面では捉えない人で、父は「いろいろあるよね、いろいろね」というのが口癖でした。私はそれをずっと聞いて育ってきました。その父の口癖を青島幸男さんが作詞をしてクレイジーキャッツが歌う「いろいろ節」(1963年)という曲にもなりました。父は1から10まで全部説明するというタイプではなく、人の話を聞いて引き出していって、ポイントをズバッとついて考えさせる、というタイプだったと聞いています。「いろいろあるよ、いろいろね」のいろいろが、20パターンの20人のプロデューサー(歴代受賞者)なんです。この20人の方のインタビューをまとめたときに読まれる方が、どこにも書いていない、自分の中から何かビジョンみたいなものが生まれてくればいいと思います。教わったという自覚がない、自分で思いついたような気がしているという状態が、本当の意味での学びであり、オリジナルを生み出す力だと思います。

——言葉をそのまま受け取るのではなく、逆にそこに書いていないことに価値を見出して、オリジナルのものを作って欲しいという願いが込められているんですね。

渡辺 我々財団が伝えるものは、「これから」のことについて全てが正しいわけではありません。そこを踏まえて渡辺晋が正しい、正しくないとかではなく、時代の流れの中で、次にどうするかということと向き合う時、参考にするべきものであって、時代は刻一刻と動いているのだから、ただのお手本にしてはいけないということです。今日と明日ではもう違うものが生まれています。学習しながら試行錯誤して、オリジナルを作り上げようと走っているプロデューサーたちを、次から次へと生んでいかなければ、エンターテインメントシーンの未来はありません。その方たちのお役に立てるために、この定点観測、20年間の変遷というものを、この企画を通じて見てもらえたら、と思っています。

——一方で、これからの時代はどんな「表現者」が求められると思いますか。

渡辺 次代の気分や人々の嗜好もどんどん変わっているので、私もわからないのですが、もはや「出る」方と「作る」方の、このジャンルも乗り越えることなのかなと思っています。それは作家もできるし、どんな表現もできるって言う方々が結果的にトップになっています。それは昔も今も多分そうで、例えばシンガー・ソングライターは詞も曲も作って歌も歌うというスタイルで、結果的にこの三つができる人は何でもできるはずです。

——より器用さ、マルチな才能が求められるという時代なのでしょうか。

渡辺 お笑い芸人はネタも作るし演じることもできます。歌がうまい人がいい音楽家であるということではないし、音楽も言語なので一流の本を書けて、演じられる人は、音楽のセンスもいいと思います。でもみんなが色々やるのが一番いいというわけではなく、できることと、やることは違う。それはひとつ一つのジャンルがそんなに甘いものではないから。やっぱり24時間365日を何に使うかということで、その部分を自らを客観的にみて選択できるか、できないかが問われていると思います。その選択に優れている人がマルチタレントになっていると思います。ワタナベエンターテイメントでは、結果的にそうなる人を育てたいので、そのプロセスでやりたいことに蓋をしないことを大切にしています。芸人だから今はこっちのレギュラーの方が大事だよとか、歌手がバラエティに出たら価値が下がるよとか、そういうことは一切言いません。やっぱりセンスがある人って色々やりたがるし、100人いれば100通りのプロデュースをしていくと、結果的にマルチ化するということが多いです。

——おっしゃる通り、ワタナベエンターテインメントにはミュージシャンもいれば、女優、俳優、芸人、文化人など、ここまで多ジャンルの人が所属している事務所は珍しいと思います。AIの登場も大きなトピックだと思いますが、どう捉えていますか。

渡辺 全部の表現者をマルチ化させようと思っているわけではないのですが、AIの時代になってくると、もう生身の俳優が必要ではなくなる動画とかを観たり、これ全部AIで作りましたということを聞くと、これからは絶対的な主役になる人を育てることが必要だと思います。もっと覚悟を持って、絶対的な主役になるところまで育てるということをやっていかないと、そういう存在しか必要とされなく時代が来るのではと予想しています。

——替えがきかない人ですね。

渡辺 そうです、渡辺謙さんのような圧倒的な存在感の、絶対的な主役が求められると思います。AIの進化で、矛盾しているかもしれませんがマルチな才能と唯一無二の才能が求められる時代になるのではないでしょうか。

業界の役割にも多様化が求められる時代に

——事務所の「在り方」も問われる時代になってきました。

渡辺 今までは事務所に所属していなければ、レコード会社と契約できない、デビューできない時代もありましたが、今はそうではなく、例えばYouTubeで独自のオウンドメディアを作りデビューすることができます。そうなると「編集力」が高いアーティストとマネージャーが求められ、今は編集がうまい芸人とかタレントも出てきていて、そうなるといよいよ事務所は必要なくなる。その次は全部自分でできます、ということになってくると、その進化は止められないから既存の事務所という形はどう変わっていけばいいのか、エージェントスタイルに移行すべきなのか等、色々と考えるところはあります。先ほど宇野さんのお話のところで、外資系プラットホームのことが出てきましたが、外資は即戦力の人材を集めても、人材育成はしない傾向があります。コンテンツを作るためにはクリエイターの人材育成も必要になってきます。どうやってディレクターを育成すればいいのかとか、モノを作れる人間をどう育て、作っていくのかなど、どこの部分をワタナベエンターテイメントは役割として担っていく会社に変化していけばいいのか、ということは日々考えています。

——今年もワタナベグループには新入社員が入ってきたと思いますが、才能を育てる、「作る」側、プロダクション側にはどのような人材が求められますか。

渡辺 そこが本当に大変なんです、以上。という感じです(笑)。YouTubeやSNSの普及で、事務所に頼らずとも自己プロデュースできる時代になりましたが、発掘・育成の機能は依然として重要です。そこを担うマネージメント側の人材集めがさらに大変だと感じています。今後は、編集やディレクションができるタレントや、マネージャー自身がプロデューサー的役割を担うなど、役割の多様化がますます進んでいくと思います。大学で4年間勉強してきたという人も大切だと思いますが、それ以上に様々なバックグラウンドを持つ人材を受け入れたいという気持ちも強いです。そういう意味で、失敗や挫折を経験した人の持つ力にも注目しています。父から「やっていないことをやるのが大事。人がやっていないことをやらなきゃダメだ」と言われてきました。それって「出る」側の人間も「作る」側の人間にも必要なことだと思います。さらに勉強しながら、新しい人材、面白い人材の確保を進めていきます。

渡辺ミキ

——6月18日から22日までの5日間、『ワタナベ25thコンサート「ハッピーバースデー&サンキュー」』が東京国際フォーラムCで開催されます。総合プロデューサーとしてこのイベントへの思いと、どんなイベントにしたいか、お聞かせください。

渡辺 先ほどからお話していますが、我々の理念でもある「100人いれば100通りのプロデュース」で出来上がったものをお見せしようとすると、ジャンルが広がってしまっただけなんです(笑)。それも理由ですが、これには世の中が求めている人という視点もあって。例えばこれからはテレビ局のアナウンサーだけが司会をやる時代ではなく、タレントが司会者になっていくことが求められると思ったので、中山秀征とかホンジャマカを、本当は司会者から話を聞かれる人になりたかった人たちなのに、人に話を聞く側になってもらいました。その能力は強いと思ったし、我々の所属タレント、アーティスト全員に共通しているのは、やっぱり渡辺晋から受け継いで、私自身の魂でもあるのですが、人を笑わせたい、喜ばせたい、笑顔になっていただきたいという根源的な欲求から、このプロダクションが始まっています。それに共鳴してくれるタレント、アーティスト、スタッフが集まってくれました。ワタナベエンターテイメントの原点、渡辺プロダクションはミュージシャンである父が作った会社で、音楽という手法が一番翼があるということを私達は知っています。だから今回のイベントは音楽に特化して、色々なジャンルのアーティスト、中尾ミエ、中山秀征、松本明子、Little Glee Monster、望海風斗、ミュージカル俳優の東啓介など10組でのコンサートをしようと思っています。コラボレーションも楽しみにしていてください。音楽監督の宮川彬良がアレンジを手掛け、大編成の生バンドの演奏で歌います。

——ジャンルや年齢問わず、家族や友だち同士で来て楽しめる、テーマパークのようなイベントになりそうですね。どんな曲が聴けそうですか?

渡辺 色々な世代のお客様の人生を彩った音楽を、素晴らしいアレンジでお届けします。人生ってつらいことの方が多いじゃないですか。でも音楽が運んでくれる、自分が今まで歩んできた時間というのが、音楽によってつらいことがちょっと浄化されたり、思い出のブライトサイドだけが甦ってくる瞬間を作ってくれるのが、やっぱり音楽、エンターテインメントのすごい効能だと思います。それでまた元気になれるじゃないですか。色々あったけど、生きてきてよかったって全部を肯定できる時間にしたいんです。いつもそういう気持ちで音楽や舞台、エンターテイメントを作ってきました。今回は25周年というアニバーサリーでもあるので、5日間それをまとめて観て、聴いていただける場所を作りました。音楽の力で多くの人に笑顔と元気を届けたいです。

渡辺ミキ