顕彰事業

第14回表彰 授賞式の模様:別所哲也氏受賞挨拶

皆さん、別所哲也です。
本日はこの栄えある大変名誉ある賞をいただきまして、私で良いのかと、お話をいただいたときに何度も何度も聞き返すほどでした。それは、渡辺晋さんという方は、日本のエンターテインメントをお創りになられた大大大先輩だからです。私も俳優という仕事をしていながらこの映画祭というお祭りを始めて、いかにプロデュースをするということが難しく大変で、そして大変喜びのあることだということも実感しております。普段は舞台の上でミュージカルをし、それから出演業務でカメラを向けられることは慣れているのですが、このようなプロデューサーという賞をいただくということで、また違った緊張感があります。司会をされている恵さんが大変緊張されているというとことでも、それぐらい重みのある賞であるということを改めてこの場に立たせていただいて感じております。
ショートフィルムに私が出会えたのは、実は俳優としてハリウッドの映画に出るというチャンスをいただいたからで、23歳の6月初夏からスタートしております。その後日本に戻り、いわゆるトレンディー俳優として映画、テレビ、そして舞台に出演するということを重ねてきましたが、太平洋を渡りアメリカで俳優として学んだことは沢山ありました。それはまず、とても分厚い契約書を23歳の僕に渡した当時の顧問弁護士がいて、「哲也、お前は自分でこの英語の契約書を読んで、自分で最後にサインをしろ。」と言うのです。日本にいると助けてくれる方がマネジメントでも沢山いる。そういう中でぬるま湯に浸かってきた自分が、自らの責任でサインをして、そして自分で責任をとって仕事をするということを思い知らされた瞬間でもありました。
その後、アメリカの弁護士にこんなことも言われました。当時は1989年、90年という時期で、ちょうど日本がコロンビア映画を買ったという出来事があるなど、様々な形で“Japan as No.1”と言われていた時代でしたが、「日本の人達は、日本的経営とか日本のものづくりに自信を持っているようだけれども、どうして“ランキングビジネス”や“アーカイブビジネス”、そして“オークションビジネス”がうまく出来ないのだろうか?」と。20代の僕にはちんぷんかんぷんでした。その後日本に戻ってきて、俳優として仕事をしておりますが、「ランキングビジネスってなんだろう?」「オークションビジネスってなんだろう?」「アーカイブビジネスって何だろう?」「そのプラットフォームをつくるってなんだろう?」と、ずっと耳の中でその響きが忘れられなかったことを覚えています。同時に、NHKでアメリカのアカデミー賞の総合司会を現地からするという機会をいただいて、アカデミー賞のいろいろな賞をお伝えするのですが、世界で評価されると日本ではみんなあたかも素晴らしいものという風にコロッと変わってしまうという印象を受けました。しかし考えてみたら元々素晴らしい才能だったかもしれない。そういう才能や素晴らしさというものを、私たちがもっと自ら日本から発信しなくてはならないのではないかとそんなヒントをそこで得ました。その後、ランキングプラットフォームとしての映画祭というお祭りをつくったのです。そして今日も、私がこういう形でここに居られるのは様々な形で私のやってきたことを評価し、応援してくださった方々のお陰だと思っておりますが、人が何かを誉め、育てるということがどんなに素晴らしいことなのか、自分が何に価値を置いているか考えることがどんなに素晴らしいことなのかということを、本当に実感をいたしております。
私がこうやってこんなに評価をいただけるのは時代だと思っています。なぜそう言えるかというと、奇しくも平成という時代が30年という節目を迎えて新しい元号でまもなくスタートいたしますが、私がこの映画祭をはじめた1999年、ショートフィルムに出会ったのは1997年です。時代がインターネットの時代になり、メディアウィンドウといわれているものが変化し、僕自身も渡辺晋さんが映画からテレビへと変化していくダイナミックな時代に、新しい権利ビジネスとしてのエンターテインメントを捉えられたように、今、時代は本当に動いていると映画祭を始めた頃に実感したからです。それは、ロバート・レッドフォードのサンダンス映画祭に参加した時でした。ショートフィルムをすでに現地のシリコンバレーの人達が、「これからはインターネットの時代だ。」「音声配信の次は動画配信の時代がやってくるぞ。」「インターネットの時代になるとショートフィルムが主役になるぞ。」と、もうすでに色めき立ち、小切手を切ってショートフィルムの配信権を買っていました。そんな現場で、目をキラキラさせたショートフィルムメーカーが、「自分のショートフィルムを評価された。」「ショートフィルムがこれから光を浴びる時代なのだ。」と言っている光景を見て、ロバート・レッドフォードという“俳優”がプロデュースされている映画祭で、太平洋の向こう側で感じたのです。
そして、日本に帰ってきて映画祭を始めました。俳優ですからやっぱりなかなか時間が無かったのですが、インターネットのお陰でEメールで現地の人達とつながるという、まさにEメールの時代だからこそ二足のわらじのようなプロデュース業も、この20年間やって来られたような気がしています。
ショートフィルムの魅力については、まだまだ語りたいところがあるのですけれども、長く話してはショートフィルムの魅力にならないという気もいたします。ショートフィルムは“ノールール”、そしてショートフィルムは“映画は長さじゃ無い”と、昭和の時代に諸先輩方がつくってきた様々なエンターテインメントというのは、技術とともにもっと長く、もっと大きく、もっとダイナミックにと大きく大きく育ててらっしゃったと思いますが、これからは小さなきらりと光るショートフィルも主役になる。そして大きければ良い、長ければ良いという時代ではなく、まさに先ほど三枝さんがおっしゃったように、凝縮されたものが世界中で評価される。そんな時代になるのではないかと思っております。
プロデュースというのは、まだまだ僕にとっては答えがあるわけではありません。一生これから渡辺晋賞の素晴らしさに恥じないように探していきたいと思います。皆さんにぜひお伝えしたいのは、俳優をやめたわけではございませんので、俳優・役者 別所哲也をテレビあるいは様々な場面でいろいろなことをやらせていただける機会をぜひ皆様からもいただければと心から思っております。
後ろに(渡辺晋のウッドベースがあり)素敵な強い力を感じるようで、お尻を向けているのも申し訳ないのですが、心から渡辺晋賞に選んでくださった皆様、そして映画祭20年間を一緒にスタートから携わってきてくれたスタッフや助けてくれた仲間、そしてとりわけ私の妻と娘も来ておりますけれども、大変感謝したいと思っております。 本当に皆様ありがとうございました。

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